アイスバケツチャレンジについて思ったこと

アイスバケツチャレンジという言葉がTLで流れてきたのは、多分数日前だ。

その時は「また民放のバラエティ番組が下品な企画でもやったのかな」と思ってスルーしたのだが、どうやらそうではないらしい。

簡単にこのアイスバケツチャレンジを説明すると、

指名されたら氷水を頭からかぶるか、募金するかを選ぶ

というもの。

アイスバケツチャレンジ自体は2014年のアメリカ合衆国が発祥。筋萎縮性側索硬化症の研究のために寄付するとか。チャリティーで氷水をかぶるのは昔からあるらしくその元々の起源は不明。ソーシャルメディアで起こったムーブメントらしく、有名人がこのアイスバケツチャレンジ(もう面倒だから以下IBC)に立て続けに参加したことでムーブメントが加速、他国にまで広まったとか。

これだけ聞くと良いことのように思われがちだけれど、自発的な寄付ではない点や、いじめに利用された点などが問題となり、物議を醸しているらしい。

というわけでこのIBCについて思ったことを書こうと思う。

結論から言うと、この企画には良い側面と悪い側面があり、真っ向から否定するべきではないし、盲目的に賛同すべきでもないと思う。

まず悪い側面。この氷をかぶること自体が超絶バカであり、楽しめる人とそうでない人の落差は非常に激しいだろう。そして、それ故に「楽しんで世間のためになることができる」というのと、「面白くないことを強要される」という二通りの人が、どうしても出てきてしまうだろう。そして更なる問題は、おそらくは前者の人間の数が多数派であり、後者の人間が追従せざるを得ない状況を作り出したことだ。前者の人間が多数派であると判断したのは、民放で未だにこういうバカみたいなことが平然と放送されており、多分それを楽しむ人もそれなりに多いのだろうという推測からである。

要するに、

A「次のチャレンジは……!?」

皆「「「おぉっ……!」」」

A「Bちゃんでーす!wwwww」

皆「「「ウェーーーーーーイwwwww」」」

こんな人たちのノリについていけないBちゃんは、さぞイヤンな思いをするだろうということだ。そして、その同調圧力から「イヤイヤ」募金を強要されてしまうだろうことが問題である。本来募金というものはそんな風にではなく、善意でもってなされるべきものである。ただ、イヤイヤやっている人ばかりではなく、おそらく多くの人はコミュニケーションの一貫として、楽しんでやっているのだろうから、ここは難しいところだ。力なき少数者の無視が起きやすいことが、問題点である。まぁこんなのは「イッキ飲み」強要にも言えることであり、別にアイスバケツチャレンジでなくとも起きていることではある。イッキ飲みと比較すると、命の危機が(適切な量の氷水ならば)無いというのが良いところだが、断った時に、単にノリの悪いヤツではなく募金もしない薄情なヤツだという悪い印象を植え付けるおそれがあるのが悪いところだ。

勿論良い点もある。

単純に、このIBCというムーブメントが多くの研究資金を集めてくれるだろうという点だ。というのも、多くの人はこんな機会でも無いと募金なんてしないだろうから。大震災や洪水などの目に見える被害ならまだしも、筋萎縮性側索硬化症である。視覚的インパクトが巨大な自然災害などと比較して少ないのは仕方がないし、その病の人々が昨日と比較して今日、より差し迫った状況になりうる人であるというのも想像しにくい。

そんな研究資金の集まりにくい病に、こうしたムーブメントによって潤沢な資金が集まるというのは、それ自体はとても良いことであり、(こういう言い方は良くないかもしれないが)作戦として優れている。そもそも、募金を呼びかけるだけではお金が十分に集まらないから、こうした運動が起きるのである。

以上。

募金をする人が偉いわけではない。しかし、普段から募金もせずにこの運動をただ批判する人に説得力がないのは事実であろう。

あなたは募金をしているだろうか?

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